おかげさまで100周年塗装の(株)ヨコソーとよこすか歴史絵巻

2008年10月にヨコソーが創業100周年を迎えました。同じく横須賀も市政100年なので、ヨコソーの社史をなぞりながら横須賀の街の移り変わりに合わせてご紹介していきます。
 

ヨコソーの歩み 横須賀の歴史と時代背景



1600年(慶長5年)
駿河国庵原郡岩淵村(現在の静岡県庵原郡富士川町)にて塗師屋を起業する
俗名不詳、戒名「壽林光珍信士」寛永2年
(1625年)8月歿 記録残存、初代と推察
1600年(慶長5年) 6月ごろ
ウィリアム・アダムズ(三浦安針)がリーフデ号を浦賀に回航

 


齋藤家代々、塗師屋を家業とする 1648年(慶安元年) 
浦賀に燈明堂が造られる

1660年(万治3年)
砂村新左衛門が内川新田の開発に着手

1720年(享保5年)12月 
浦賀港に浦賀奉行を置く

1853年(嘉永6年)6月 
ペリー浦賀来航(中島三郎助が黒船乗船)

1865年(慶応元年)9月 
ヴェルニー、小栗の尽力により横須賀製鉄所建設開始


 

 

 

 


1877年(明治10年)
齋藤銀蔵の長男 作蔵(さくぞう)誕生
後の近代塗装業(ペンキ屋)としての「齋藤塗工店」の創始者となる

 

 

 

 



1904年(明治37年)9月
作蔵は、陸軍に入隊


1905年(明治38年)9月
作蔵は、終戦とともに一家で横須賀へ移住
横須賀海軍工廠に勤務

1907年(明治40年)7月
作蔵(当時30歳)に、長男 正(ただし)誕生

1908年(明治41年)10月
齋藤作蔵、独立し初代代表者として齋藤塗工店を現在の汐入町に設立

1869年(明治2年)1月 
観音埼灯台点灯開始

1873年(明治6年)
ヴェルニー、走水の湧水を利用し、造船所への引水を計画

1876年(明治9年)5月 
横須賀村と浦賀村が町となる

1878年(明治11年)7月 
郡区町村編成法が施行

1884年(明治17年)12月 
横須賀鎮守府が設置

1889年(明治22年)
4月 市制、町村制が施行される 
6月 横須賀線開通(横須賀〜大船間)

1894年(明治27年)
日清戦争




1904年(明治37年)2月〜1905年(明治38年)9月 
・日露戦争
・日本海海戦

 



1907年(明治40年)2月 
横須賀市の誕生





1916年(大正5年)
塗装及び看板業を営む

 

1923年(大正12年)
震災復興で多数の建設会社が関東進出

1914年
第1次世界大戦始まる 

1916年(大正5年)4月 
追浜に海軍航空隊が開設

 

1923年(大正12年)
9月 関東大震災で大きな被害を受ける


1927年(昭和2年)
神戸 幸一(かんべ こういち)が、9歳の時、初代代表者 齋藤作蔵の弟子となる

1929年(昭和4年)
塗装業と同時にハイヤー業を始める




1931年(昭和6年)
齋藤作蔵の長男 正(ただし)(当時26歳)と、きよ(当時24歳)結婚

 



1935年(昭和10年)
齋藤作蔵 亡くなる(享年58歳)

同年5月
齋藤 正(当時28歳)
二代目代表者に就任


1941年(昭和16年)7月
齋藤正 応召により満州で兵役、以後南方方面に転戦

同年8月
二代目代表者 齋藤 正(当時34歳)と、きよとの間に長男 勝洋 誕生
(後に三代目社長となる)




1945年(昭和20年)8月
正、タイ・チェンマイにて英軍の捕虜となる


1947年(昭和21年)
正、復員

 

 





1953年(昭和28年)2月
資本金200万円で「横須賀塗工株式会社」に改組 齋藤 正 代表取締役社長に就任

1958年(昭和33年)1月
当時の新年会の様子


1964年(昭和39年)4月
職人の人材不足により、東北、北海道まで良い人材の確保に奔走する



1970年(昭和45年)4月
齋藤勝洋 横須賀塗工株式会社に入社

1971年(昭和46年)12月
資本金を400万円に増資

1972年(昭和47年)
齋藤勝洋 専務取締役に就任

1973年(昭和48年)1月
当社初となる営業職での社員を採用

1976年(昭和51年)9月
資本金を800万円に増資

1977年(昭和52年)4月
東京支店を葛飾区青砥に開設

同年9月
資本金を1200万円に増資

1978年(昭和53年)
二代目代表取締役社長 齋藤 正
勲五等瑞宝章受

同年11月
齋藤 勝洋(当時37歳)三代目代表取締役社長に就任

1979年(昭和54年)4月
二代目代表取締役社長 齋藤 正 亡くなる
(享年72歳)


同年9月
資本金を2400万円に増資

同年12月 
商号を「株式会社横装」に変更

1980年1月(昭和55年)
本社を現在地横須賀市森崎に移転

同年4月
後に4代目社長となる嶋田 力入社 

同年7月
東京支店を大田区蒲田に移転

1981年(昭和56年)9月
資本金を4080万円に増資

1982年(昭和57年)4月
当社初となる、職人以外での定期新卒を採用

1984年(昭和59年)
会計・給与関係等IBMオフコンを導入し、OA化がスタート 

 

 

 

1930年(昭和5年)4月    
湘南電鉄梶i現・京浜急行電鉄)が黄金町〜浦賀間運転開始

1931年(昭和6年)9月
満州事変勃発

1933年(昭和8年)2月 
衣笠村が横須賀市に合併

同年4月
田浦町が横須賀市に合併






1937年(昭和12年)4月
久里浜村が横須賀市に合併



1941年(昭和16年)12月
太平洋戦争開戦






1943年(昭和18年)4月
浦賀町、逗子町、大楠町、長井町、北下浦村
武山村が横須賀に合併


1945年(昭和20年)8月 終戦
同年9月 連合国軍が横須賀に上陸

 




1950年(昭和25年)6月
旧軍港市転換法に関する住民投票が行われる
同年7月 横須賀市から逗子市が分離独立

1951年(昭和26年)1月
横須賀港が重要港湾に指定される 

1952年(昭和27年)8月
保安庁警備隊(後の海上自衛隊)横須賀地方隊が編成される

1954年(昭和29年)
景気下降
横須賀に進出した建設会社が次々と倒産

 

 

 

 

 

 










1977年(昭和52年)5月
横須賀市の人口40万人を突破









































1984年(昭和59年)4月
横浜横須賀道路開通

同年10月
安浦地区(現在の平成町)埋立て事業がスタート。




1992年(平成4年)9月
資本金を5000万円に増資



1996年(平成8年)9月
ロータスノーツを利用し、社員全員のネットワーク化の第一歩

1997年(平成9年)3月
ISO取得へ向けたワーキング活動を開始


1998年(平成10年)12月
ISO9002品質システムを認証取得
同年 大阪営業所を西区新町に開設

1999年(平成11年)
ホームページ開設

2000年
ホームページリニューアル


2001年(平成13年)3月
商号を「株式会社ヨコソー」に変更
同年11月
専務取締役 嶋田 力(当時47歳)
四代目代表取締役社長に就任

同月11月
代表取締役社長 齋藤 勝洋(当時60歳)
代表取締役会長に就任


2002年(平成14年)9月
横浜営業所を都筑区早渕に開設
同年12月
ISO9001:2000に更新

2003年(平成15年)12月
環境ISO14001
安全OHSAS18001認定取得

2004年(平成16年)3月
大阪営業所活動休止
資本金6,000万円に増資

2005年(平成17年)1月
ポータルサイトe-すまいホームページ開設

同年6月
第一回、二回塗装教室開催

同年7月
北関東営業所を戸田市笹目に開設

2006年(平成18年)5月
資本金8100万円に増資

2007年7月(平成19年)
企業合同説明会・リクナビライブ出展

2008年10月(平成20年)
100周年記念式典&記念パーティ

2009年3月(平成21年)
東京支店新社屋完成 

1989年(平成元年)5月
「核兵器廃絶・平和年宣言」


1994年(平成6年)2月
横須賀芸術劇場オープン





1997年(平成9年)10月
YRP(横須賀リサーチパーク)オープン





1999年(平成11年)8月
カレーの街よこすかを旗揚げ

2000年(平成12年)3月
三浦縦貫道第1期区間開通


2001年(平成13年)
 4月 中核市よこすかスタート
12月 横須賀市市民憲章制定







2002年(平成14年)5月
ヴェルニー公園がオープン

2003年(平成15年)8月
ペリー来航150周年記念「よこすか開国祭」を開催




2005年(平成17年)4月
長井海の手公園「ソレイユの丘」オープン

 

参考文献:横須賀の歴史は横須賀市役所ホームページより掲載。一部改筆

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